2018年5月9日水曜日

セラピードッグのテスト




 ひとつ前の記事で書いた通り、アメリカで受けたセラピー犬のテストについて少しメモしておきたいと思います。まず、私と私の犬「コディ」が受けたテストはTherapy Dogs International (TDI)という非営利団体の行う試験です。アメリカには沢山の登録団体がありますが、大まかな印象で言うと、歴史が長く社会的信用度が高いのがTDI、比較的新しく動物介在活動・療法全般に特化したのがデルタソサエティのPet Pertners Program(PP)というイメージがあります。

 シェパード・ピープルは伝統的にTDIを受ける人が多いようですが、それは1976年にTDIが最初の動物介在訪問を始めたとき、オリジナルのメンバー全員がジャーマンシェパードを使っていたことと関係あるのかも知れません(協会のマークもGSDです)。TDIテストの観点(PDF)と、PPテストの観点(PDF/p59-p85)に、それぞれの細かいルールなどが載っているので、ご興味のある方は、読まれてみて下さい。私はPPのことはあまり詳しくないので、ここから先はTDIにのみ焦点を絞って書いていきます。


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 TDIのめんどくさい面白いところは、TDIに認定された評価員の所に自分から連絡を取り、出かけて行ってテストを受けねばならないところです。この評価員が近場に住んでいればよいのですが、車で往復四時間しないといけないような所だったり、それが天候不順で前日の夜にキャンセルされたり、テストの日程をたてるのが大変でした。自分達の場合は、メリーランド州シルバースプリングにあるCapital Dog Training Club of Washington, D.C.で行われるテストに、運よく滑り込むことが出来ました。試験の費用は25ドルで、人手がいるテストの割にとても安いと感じました。

 試験場はちょっと暗い感じの倉庫を改造したところにあり、東海岸ではよく見るドッグトレーニングクラブのセッティングです。見知らぬ薄暗い部屋で不安に感じて、クンクン始まる犬もいそうだと思いました。今回の試験に参加した犬は5頭で、コディの他にはマルチーズ系の小さなミックス犬、ランドシーア、すごく育ちがよさそうなゴールデンレトリバー、若いジャーマンシェパード、などがいました。

 テスト内容は基本、CGCAで出された課題に毛が生えたようなものですが、先ず気が付いたことは意外と基本のヒールウォークが出来てない犬が多いことでした。おそらく普通のナイロンリードを普通の首輪(か普通のハーネス)に留めたものでテストするルールで、犬の歩き方に補正が一切きかないせいじゃないかと思います。アメリカ人は楽天的な人も多いので、「できるかわからないけど、とりあえず受けてみよう」とテストを受けるケースもあるのではないかと思いました。

 また、テスト中はおやつなどのご褒美も一切禁止なため、食い物命タイプの犬も、苦戦していました。コディはといえばテスト本編とは関係ない、建物に入る前の「おしっこ」の指示を出したのになかなかトイレすることができず、ヤキモキさせられました。普段と勝手が違うと、こういう細かいことで躓く事もあるという、良い例でした。

 とても大変だなと思ったことは、テスト時間の長さです。全行程で1時間半くらいかかっていました。最初は犬達も元気よくがんばっていましたが、一時間過ぎる頃になると、みんな疲れてきます。そんな時に無慈悲に床の上に出される、油の光る大きなペパロニが何枚も乗ったお皿と、新鮮な水の入ったボウルです。「leave it」がどれくらい効くか調べる課題ですが、犬は腹ペコでハンドラーはグロッキーなので、多くのペアがペースを崩されまくっていました。

 あとで考えたのですが、これはマイルドな心理的負荷のかかった状態で、どのくらい犬がリラックス状態を保てるか、ハンドラーの要求に応えられるかを調べる格好のテストだったと思います。「live it」についてはまた、評価員の方が「病院やホスピスなどの環境下では、床に血痕や、薬品の類が落ちている可能性もあります。lieve it はあなたの犬の命と健康を守る最重要スキルのひとつです。」とコメントしていたのが印象に残りました。


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 疲れると素の性格が出てくるのは人も犬も同じなようで、テストを進めていくうち、犬達にもいろいろな事が起きていました。ジャーマンシェパードの子はすれ違う別の犬にワワワン!と吠えて、落とされてしまいました。ランドシーアの子は格好のセラピー犬候補と思われましたが、車いすの評価員が持っていたクラッカーを、見ていて爽快になるほどムシャムシャと食べてしまい、これも、「さらなる訓練の余地あり」として落とされていました。

 特に印象的だったのはマルチーズmixのペアでした。この犬はテストの中盤当たりから犬がストレスを感じているのが明らかで、ハンドラーの指示にあまり従わなくなっていったのですが、飼い主の人は「やりなさい」と、頻繁に犬を誘導していました。結果、最終テスト前に「あなたの犬は、このような作業をやりたいと思っていないようです」と、評価員にはっきりと指摘されていました。

「テストではこのような状況を『耐える』犬ではなく、このような状況下でもハンドラーの要求を聞く事を楽しみ、人と関わりあう事を享受できる犬をフィルターしています。『耐える』ことは必要ではありません、それはあなたの犬にとって体験する必要のないストレスです。彼らにはセラピーとは別の社会貢献への道があります。」という、非常に納得できる説明が審査員からあり、アメリカの人間の学校などでも感じるこの「がまん」してわざわざ得意じゃない事をする(そして能率をさげる)よりも、無理なくできること・得意なことを生かしてコミュニティを助けていきなさいという、極めてアメリカ的アプローチが、犬にも適用された瞬間だと思いました。

 しかし、私も受けるまでこんなに長く感じるとは思わなかったので、TDIのハンドブックに「テストを受けられる犬の年齢は、ミニマム1歳から」と書かれている理由が分かったような気がしました。犬のトラウマ回避策なのでしょう。実際にセラピーワークを模した題材の中でテストしていくと、普通の犬にとって予想以上にストレスフルなものがあるし、ハンドラーの方も、実地へいけば自分なんかじゃ想像もつかないようなタフな人生の問題と戦っている人々に接することもあるだろうから、犬人ともに心身のスタミナが必要なのだと思いました。とまれ、ここまで残った例のピカピカのゴールデンレトリーバーとコディは、本物の子供を交えて行う最終課題を終え、全ての課題をクリアすることが出来ました。晴れて、テストに通ることが出来たのです。


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 もちろんこのテストに通ったからと言って、明日から「うちの犬はセラピードッグよ!」と吹聴するのは、時期尚早と言えるでしょう。今日はただ、自分の犬にセラピーワークをしていく素地が十分にあるとわかっただけで、ここから本物のセラピードッグとなっていくには、今後も能動的に様々な活動の場を作って、人犬共に経験を積まねばなりません。現時点で、自分がどこまでそういった活動に参加できるのか分からないですが、まずは一回体験できるように、知り合い等にあたってみようと思いました。

 今回のテストを受けて嬉しかったのが、全ての評価が終わった後「今後の練習の参考にするので、不十分だった箇所を教えて欲しい。」と評価員の方に聞きに行ったところ、“you performed nearly perfect./あなた達はほぼ完璧に出来ていました。”と言われた事です。人間のカップルとかでもそうかもしれませんが、犬と飼い主も、普段から常に一緒に過ごしていると完璧とは程遠いところばかりに目がいってしまい、ついつい過小評価しがちです。でもこんな風に見ず知らずのドッグトレーナーの人にそう言ってもらえることで、コディも犬なりにがんばってるんだなと再認識し、感謝することができたので、他人の目は大事だなと思いました。

 それと余談ですが、ここでも訓練系のゴールデンレトリーバーのすばらしさに感銘を受けました。本当に素直で優しくて、トレーニングを愛し、ストレスを許し、人を許し、とにかく海とおひさまの様なハートを持った犬たちです。コディと共に最終試験に進んだ一頭もそんな感じの犬で、あとでオーナーの人に聞いたら、ゴールデンだらけのオビーディエンス・トライアル一家で4頭目のセラピー犬だそうです。レトリーバーを飼ったことがないから分からないですが、家に帰ったらあのやきたてパンみたいなニコニコ顔が4つ並んでるのでしょうか(シェパードは目からビーム出してガン見)。想像するだけで癒しだし、最高に楽しそうです。

 

2018年5月4日金曜日

犬も血で飛ぶ



 ジブリの映画「魔女の宅急便」の中でキキが絵描きのウルスラに、「魔女は血で飛ぶんだって」というシーンが出てきます。子供の頃は何の事を言っているのか、全く意味が分からなかったこの台詞ですが、「血筋」の中に受け継がれる特別な性質だとか、性格傾向というものが確かにあると分かるようになった今では、短いながら言い得て妙だなと思うフレーズのひとつです。


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 娘のための児童書を借りに、バージニア州アナンデールにあるジャパニーズアメリカン・ケアファンドの図書館にお邪魔していた折、たまたまこんな本が目についたので、手にとりました。「盲導犬になれなかったスキッパー」、著者の藤崎順子さんは地元DCの方のようで、本の中にこんな風にきれいな字でサインが入っていました。スキッパーは盲導犬候補の子犬の時にパピーウォーカーの藤崎さん宅に来ましたが、盲導犬の選別に落ちます。しかし、譲渡先の警察犬訓練施設でサーチワークの才を見出され、数奇な運命を経てイタリアの空港で爆発物探知犬として従事、引退後、また藤崎さんのもとへ戻ってくるという、ドラマティックな一生を送った犬でした。

 この本を読んでみて私がただただすごいなあと思ったのは、犬の「血の力」です。特別な目的があり、そのために選別・繁殖を重ねた犬というのは、均一で安定した素質をもっています。盲導犬の例でいえばスキッパーの様に、たとえ犬の事に全く経験のないパピーウォーカーに預けられたとしても、きちんとベーシックなケアとしつけさえ受けることが出来れば、1年後ちゃんと盲導犬の卵として選別テストの場に立つことが出来る。誰が育てても同じような成果物が得られると分かっているから、パピーウォーカーというシステムが成立するんですよね。これはとてもすごいことです。

 セラピードッグ・インターナショナル(TDI)のウェブを見ていても、似たような事でハッとすることが書かれていました。 “A Therapy Dog is born, not made ; セラピードッグは作られるのではない、そう生まれてくる”という一文です。犬のマナーやスキル面は、トレーニングで幾らでも補う事が出来るが、持って生まれた気質を曲げることは難しいし、そうすることは犬の為にも有意義とは言い難いでしょう。




 とまあ、そんなことをだべっているうち、コディのTDIテストの日がやってきてしまいました。話が長くなりそうなので、一旦ここで切ろうと思います。次は(果たして興味がある人がいるか分かりませんが)アメリカのセラピードッグのテストでやったことを、少し書いてみようと思います。コディの、テスト前最後の練習をしてもいいか問い合わせたら、快く迎え入れてくれたメリーランド州ウィートンのWestfield Wheatonモールのマネジメントの皆さん、喋って私のテンションを鎮めてくれた友人E氏、および写真を撮ってくださった兎に角みんなでアメリカ生活のちえぽん氏に、深く感謝いたします。